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人生にワクワクを創る
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昔と今で変わった価値観
今でもまだ残っている感覚なんですが、 昔はとにかく、自分が出来ないことがあることが許せなくて、 よく色んな事に挑戦して荒療治でもっと苦手が悪化したり、辛いことを自分で増やしていました。 進路も全部、好きなことをするというよりも、自分の苦手なことをなくすために学校や仕事を選んでいました。 なので、よく過去に戻ってやり直したいという話を聞きますが、 今の自分が昔の暮らしに耐えられる気がしないので、過去には絶対に戻りたくない派です。 今は、苦手なことがある自分を少しは許せるようになりました。 自分の得意なことや好きなことを悔いのないようにとことんやろう!という風に方針が変わったので、気持ちも楽になりましたし、何より楽しいです。 自分で自分をいじめる癖を少しずつでもなくしていって、自分を大事にできるようになりたいです。 私にとってはとても難しいことなので、いつになるかはわかりませんが、その日を楽しみに毎日を生きたいと思います。 ・。・゜・。・゜・。・・。・゜・。・゜・。・・。・・。・゜・。・ ●キャリカクWixブログ https://kyarika
kyarikakuhamamatu
2025年12月5日


諦めたことで見えた別の可能性
人生、思ったより「保留」が大事です。私は小説を趣味で書きますが、基本的に保留しているネタばかりでノートが埋め尽くされています。 保留しておくことって、やるべきことがたまっているように見えて嫌なんですけど、実はこれも貯金と同じくらいに偉大なこと。アイデアだってお金のように、蓄積すると結合して価値を上げるんです。 お金は1円じゃ何も買えなくても100枚そろえれば多少の菓子は買えます。それがさらに100セット出来たら食料品を買い溜めできます。お菓子100個分じゃあ、数日しか持たないはずの価値が一か月くらいの価値になるのです。 それと同じで、アイデアや悩みも保留しておく方が結合したときに偉大な力になります。ため込んでおいた悩みが結合するほどに成長も大きくなるのです。こまめに悩みを解消するのは実は馬鹿な話だったり。だから、諦めるのは全然問題ありません。保留しておくことに損はないのです。 不思議ながら、これが別の可能性というお話なのです。 ・。・゜・。・゜・。・・。・゜・。・゜・。・・。・・。・゜・。・ ●キャリカクWixブログ ...
kyarikakuhamamatu
2025年12月4日


目標を小さくすることの大切さ
とても不思議な話があります。「少年よ、大志を抱け」とクラークは言いましたが、現実的な話をするとスモールステップの法則と呼ばれるような心理法則があります。不思議なことに人間は細かく刻んだ方が理解が進むのです。 その理由は極めて簡単。向き合うものが大きくなるほどに人間は圧倒されてしまうからです。人間の器は小さい。だから、圧倒されてしまえば思考を放棄してしまう。そうすると何も進まない。それなら、まだ細かく刻む方がいい……という理論です。 ただ、問題は細かく刻んでいく過程で限界を見定めてしまうことです。何も考えていなければ「偉人になるんだ」と言っていた人が「文豪になるんだ」と言った瞬間に文章以外の事での可能性を切り捨てたことになります。さらに、文豪になる過程で「本を出版しなきゃ」と言っているうちに本を一冊出版しただけで満足……となりがちなのも人間です。 しかし、不思議なことに「偉人になるんだ」と言っていたころよりは現実的に一歩進んでいる。それを思えば、目標を細かく刻むのも悪いことではありません。 結局のところ、一番大事なのは自分が何をなしたいかを
kyarikakuhamamatu
2025年12月3日


自分の価値観を大切にすること
私は自分を信じることが苦手です。そんな自分でも、唯一、できるのが「自分の言葉を信じること」です。自分から出た言葉だけは、体感が伴っているので信じていいと感じるから、私は言葉を紡ぐことだけはやめてきませんでした。 おかげで文章執筆が得意になって、今では自分のセンスを信じる唯一の手段になりました。いろんな人に様々なアドバイスをもらって、自分の文章は磨き上げられていくわけですが……最終的に信じるのは自分のセンスでした。その部分だけは、自分を信じている根拠になりました。 本当に自分の事は大嫌いです。だれか殺せるなら真っ先に自分を殺したいし、自分から解放された自分で生きたいと思うことは良くあります。だけども、そのためには自分を許さないといけないという矛盾がこの世にははびこっています。 嫌いなものを許すなんて簡単じゃありません。例えば、私は文尾が連続するのが嫌いです。「です」が連続すると報告分みたいで嫌だとか、ひらがなに直したときに近い位置に同じ文字があるのが嫌だとか。細かいこだわりがありますが、それらを許して自分だと認めるのはそう簡単じゃありません。
kyarikakuhamamatu
2025年12月2日


世の中の「当たり前」に疑問を持った体験
私は親に「普通になれ」と育てられてきました。小さい頃から発達障害の傾向が強く出ていて、多動性が強く、衝動的に動いていた私。そんな私が奇行を繰り返すたびに親は「普通」を唱えてきました。 今では立派な呪いです。常識を超えることもできないし、限界が見定められてしまう。どうやっても、まず最初に普通を考えてしまう時点で、振り切ることが出来ない……。そうやって個性が伸び悩んでいるのがつらいですね。 何が当たり前かなんて、こんなに強く理解させられなくてよかったように感じます。もちろん、当たり前の方法、いわゆる「型」を知らなければ型破り以前に型無しと呼ばれてしまうのは事実です。ただ、肩を破るには肩を破るための芽を摘んではいけないのが難関です。これが当たり前だよな、と摘み取ってしまった芽が本当は千金の種だったりするんですよね。 常識を超えろとよく言うものですが、本当の型破りは常識を超える感覚すら感じないくらいに飛び出していくんではないかと思ったり。 さすがに、ひがみすぎですかね? ・。・゜・。・゜・。・・。・゜・。・゜・。・・。・・。・゜・。・ ●キャリ
kyarikakuhamamatu
2025年11月29日


「人と関わることで自分も成長する」と実感した瞬間
私はずっと何も見えていません。自分の事さえも見えていなくて、他人とかかわることで初めて自分を知ることばかりです。 初恋の人には、自分が制御できていないことを教えてもらいました。制御する感覚もなく、ただただ生きていた僕に振り回されてくれた彼女は傷つきながらも身をもって暴れ具合を教えてくれました。病み散らかしていて、ノイズのような自己否定ばかり聞かせてごめんなさい。縁は切れちゃったけど、今でも尊敬しています。 色々と揉め事が起きた人たちには、長期的な関係の築き方を知らないと自覚させられました。白黒はっきりつけたがって、友達なのか何なのかわけもわからないままに名前を付けようとして、おびえられていたように思います。恋人がほしくて、友達が欲しくて。でも、友達って言えるだけの信頼を返せなくて、恋人と名乗れるほどの安定性がなくて。そんな状態の僕が傷つけてしまった人たち……。申し訳なくなりますね。 初めての恋人には、自分がコンプレックスで固められていることを教えてもらいました。どんなに好きと言われても自分が好かれるはずがないと信じ込んでいるために内部でエラ
kyarikakuhamamatu
2025年11月28日


ふとした一言が心に残った話
ものすごく懐かしい話をします。私が高校生の時の話です。 私は高2のあたりから少しだけ保健室に通う頻度が高くなりました。きっかけは覚えていません。ただ、精神的に参り始めていて授業中にのたくりまわりたくなるような衝動に襲われて、いてもたってもいられなくなって逃げ出すようになったのは覚えています。 授業に集中できず、自分への不満や苛立ちのみが自分を支配するのです。それはもう、不快です。だから、座り続けなくていい保健室へ逃げるようになりました。 稀に生徒会長候補にさえ上がった女子生徒が来るので、話せるのを楽しみにしてたとかは秘密です。ちなみに、その子には年上の彼氏がいたそうですよ? 彼女曰く、年上以外ありえないとか。懐かしいな。 それはさておき、そうやって保健室に浸るうちに、私は授業を休まざるを得なくなるような、女性の生理というものを知るようになり……って、話題がそれてないな。冗談です。まじめにやります。 最終的に私は「これ以上、授業をさぼったら留年だぞ」と脅されて出席日数と戦うようになり、そして、夏休み直前にピークを迎えて精神科に入院するわけ
kyarikakuhamamatu
2025年11月27日


学びをアウトプットする大切さ
こんにちは。利用者Sです。 私は学習は活かされてこそ、と思うんですよね。だけど、実際に生きてみると学んだことの大半は使いません。「知っていても何も変わらない」ことばかりに感じることも多いでしょう。ただ、学習は自己完結するものでしょうか。 学生時代のころから、私たちは学習したことは必ずアウトプットする練習をしてきました。一問一答形式であれ、何であれ、聞かれたら答えを出せる状態に習熟させる。それが学生時代の学習です。 しかし、それは社会人になってからも変わらないと思います。資格勉強であれ、何であれ、問われたら答えを出せるようになるまでアウトプットを続ける。それこそが大事な学習です。 ところが、社会人になってから問われることは少し哲学的だったり、専門的だったりします。なので、応用の仕方なども幅広いのに加え、逆にルーティンのように形式化されてしまって意味を忘れ去られていることも多いのが実情です。誰にでも仕事ができるようにマニュアル化されてしまうと逆に意味が忘れ去られて学習にならなかったりすることもあります。あくまで学習には「応用できる」という前提
kyarikakuhamamatu
2025年11月26日


読書会に参加して気づいたこと
こんにちは、利用者Sです。 実は私、読書会を主催したことがあるんです。ネットで告知をして人を集めて……って頑張ったんですけど、全然人が集まりませんでした。自分を含めて四人でささやかに読書会をしたのを覚えています。 その時に、読書会をしてびっくりしたんですが「読書を食事と同じように考えている人がいた」んです。どういうことかというと、食事のように習慣的になっていて読書に目的を求めていなかったんです。 私は本を読む限りは何かを吸収したい、という願望があったので「本と出会ったきっかけ」(過去)「本から学んだこと」(現在)「人に伝えたいこと」(未来)のように「本を読むことで人に広める」ことを前提として読書会を考えました。しかし、その人は「本を読む」という行為ですべてが完結してしまうらしく、別に本を読んで何かしようとか、そのようなことは考えていないらしいです。僕は度肝を抜かれましたね。 本を読むことは話題作りや勉強などになります。しかし、それらのような生産的行為でなく、消費に徹する。そんな人もいることは想定もしていませんでした。今まで「誰かに伝える
kyarikakuhamamatu
2025年11月25日


落ち込んだときに気づいた自分の弱さ
こんにちは、弱い人って何でしょうね。ちなみに、私は自分の事をすごく弱い人間だと思っています。決して強く生きている方ではありません。強い人たちは他人さえも巻き込んで突き進んでいきます。一方で、私はそうかと言えばそうでもない。良くも悪くも私は孤独です。 今まで自分を救ってくれた人はいました。しかし、その人さえも突き放してしまうのが私の弱さです。他人の力を借りることを自分の力だと思えないところから直さないといけないのに、自分ひとりでやり遂げなきゃと変な責任感を背負って生きています。 道具を使うのだって卑怯です。ただただ、自分の能力だけで戦いたい。そう願ってきたから、私は文章を書くようになりました。文章は自分の脳から生み出せる。書き留めておけば、何回でも反芻できる。何よりも、他人に及ぼす力が強い。 即興的に動くのは苦手なので、弁達者にはなりませんでしたが、こうして文章を書いていると自分との応酬にどこか酔いしれてしまいます。何か失敗すれば即座に罵ってくる自分ですが、冷静に対話してみると思ったよりも人間的なんです。その人間性って、弱さから生まれるんじゃ
kyarikakuhamamatu
2025年11月24日


「できない」より「やらない」を選んでいたと気づいた日
こんにちは、私は精神障害を持っていると診断されており、復職への道筋として作業所に通っています。ただ、実際に通ってみると思ったよりも仕事って大変です。実際の職場だったら許されないような遅刻や欠勤をしたこともあります。もちろん、服薬調整とかの関係もあって体調を崩したわけですが、まだまだ社会復帰への道は遠いなと感じますね。 そんな私から見て、「できない」という言葉の曖昧さは敵になることがあります。それは本当に能力的にできないのか、あるいは無理をすればできるのか、無理を続けられるのか。そのような問いを投げかけられた時に「今回の失敗は出来なかったのか、しなかったのか」と悩まされることがあります。 「しなかった」という言葉は実にシンプルです。事実を示すだけですから。ですが、「できない」という言葉は可能性を含む言葉です。可能性なんて実現してないんだから考えても無駄だと思ってしまうときもありますが、改善するきっかけになるのも事実。「できなかった」と言い換えて新たな挑戦を始めるのも悪くありません。 私はこれまで様々なことを「できなかった」と思っています。主体
kyarikakuhamamatu
2025年11月22日


書道や字を書くことで落ち着いた話
私は幼いころから習字に通っていて、筆を持つことが好きです。何なら、ボールペンよりも筆の方が表現の幅が広いので良いとさえ思いますね。太さの抑揚やカスレなどの表現がボールペンでは難しいので、その分、形の良さが問われるのが辛いです。私は、器用ではないので形を整えるのは得意じゃありません。なので、形が悪くても抑揚やカスレでごり押しできる筆は大好きです。 ところで、書道ってもう一つ、面白い効果があるんですよ。それは自分のつぶやきを表面化させる効果です。何を書くか、どう書くか。それを考えるのは自己表現の一環です。例えば、「生」という字を書くときに一画目の払いを短く太くしたらどうなるでしょう。どこか心臓のような重たさを感じさせるように私は思います。逆に三画目の縦線を長くひょろひょろさせてみたらどうなるでしょう。しぶとく生きる雑草の命のようなイメージが生まれるように感じます。 そうやって遊んでいるだけでもストレスを発散できるんですよ。絵はどこか忠実に描きたくなる部分も大きいかもしれませんが、字は忠実に描くことだけがすべてではありません。(まぁ、それは絵にも言
kyarikakuhamamatu
2025年11月20日


絵を描いたら頭がスッキリした体験
私は仕事でブログのアイキャッチ画像を作成することが多くあります。その時に用いるツール、キャンバにはたくさんの写真や画像が用意されていて、自分の感性に合わせた画像を作ることを支援してくれています。 そんなデザインの作業なんですが、たまに私が不調な時にやると「今、あなたは寂しいんだね」と言われるようなデザインになることがあります。仕事としてはすごく失格なのですが、ただ、そうやって自分の気持ちをデザインで表現するのはすごく気持ちいい事なんです。 実のところ、ちょっとタイトル詐欺で、絵を描くことはめったにないんですけど。ただ、こうやって画像を組み合わせるだけでも自分の気持ちが表わせるというのは画期的な発明だと思います。過去にはシール帳というものも流行ったそうですが、納得がいきますね。既製品であろうと個性が表現できるというのはすごく面白いです。 ただ、問題があって。それは、お題を作ることが難しい事です。特に、気持ちがもやもやしている時に、お題を作るのは難しいのが事実です。なので、調子がいい時に「こんな画像を作ってみたいな」というアイデアが浮かんだらメ
kyarikakuhamamatu
2025年11月19日


オフラインの時間の心地よさ
実は、私、スマホを持っていないんです。いまだに折り畳み式の携帯電話を使っているんですよ。ちなみに年代は二十代です。ちょっと異色ですよね。 周りの友達は分かり切ったようにスマホを使っています。だけど、私は今の生活に満足しています。というのも、自分がスマホを持つと自分を大事にできなくなるからです。 私はSNSがすごく苦手です。特にDMと呼ばれるような1対1のツールが苦手で、連絡が来たらとにかく早く連絡を返そうとしてしまいます。それは仕事中であろうと、です。 なので、連絡が来ていないか不安になることも多かったし、話始めると話の方が楽しくて色々なことがおろそかになっていたので、趣味とかもまともに進まなかったという過去があります。 趣味が出来なければストレスが溜まっていきます。私はコミュニケーションが一番の発散ツールであるとはいえ、趣味でしか晴らせないストレスもあるのを感じます。なので、趣味の時間を確保する必要がある……。そうなって手にしたのが折り畳み式携帯でした。 折り畳み式携帯はSMS機能はありますけど、原則的に使わないようにしています。本当
kyarikakuhamamatu
2025年11月18日


イライラしたときの切り替え方
こんにちは、最近私はすごくイライラしてるんです。何故かっていうと、自分が嫌いだからです。何をしても満足いかない自分にもすごくイライラするし、だからといって何もしないと自分が無価値に感じてイライラする。そんな状態が長く続いています。 たまによくなる時があるのですが、その時には決まって脳が思考を放棄しています。ただ、これは悪い意味じゃなくて、邪念の方に施行することを放棄してくれているのでいい事なんです。 今日は比較的、私は悪い方向への思考を捨てられているので実際の体感で話すんですけど、悪いように考えない時は基本的に必ず「できた」と思えることが一つはありますね。素直に自分の努力を認めることが出来るときは調子がいいんでしょうね。逆を言えば、自分の努力さえも小さく見えてしまう日は休んだ方がいいのかもしれません。 最近、私はネットで知り合った人にこう言われました。 「自分が嫌いだってことにこだわって、自分に怒鳴り散らかしている自分を俯瞰してご覧」 それを言われて、ふと思い出したのはかんしゃくを起こした時の父でした。父は結構怒鳴る人だったんですが、それ
kyarikakuhamamatu
2025年11月17日


捨てると気持ちが軽くなるもの
こんにちは。皆さんが捨てたものには何がありますか? 大事だったぬいぐるみ、アイデアを書いたメモ、元カノの写真……。 人間の成長は必ず得ると同時に何かを捨てるものです。だから、捨てることを恐れてはいけないのです。それこそ、精神的な幼さが捨てられることで人間は大人へ近づくのであり、未熟というのは成長のための捨て代と言えるかもしれません。 ただ、私を含めた多くの人が陥りがちな現象として”未熟さ”を守るためにプライドを捨ててしまうことがあります。これはよくない。 極端な例が「私はダメな子だから」という言い訳をしながら犯罪をする人間です。それはプライドと同時に未来をも捨てています。しかし、このような現象に陥っていることに気づくのは難しい。そして、気づいたとしても抜け出すのは至難の業です。 ”未熟さ”は免罪符にもなります。しかし、いつかは捨てないといけないものです。それを踏まえたうえで、今、自分はどれくらい大人に近づけているのか考えてみましょう。……凄く苦しいかもしれませんが、それが今のあなたかもしれません。
kyarikakuhamamatu
2025年11月14日


苦手なことに挑戦する時の自分ルール
私は苦手なことから逃げようとするタイプなので、苦手なことに取り組む時ほど、退路を断ちます。極論、私は好きなことでも面倒になってくると逃げてしまうので、好きなことですら退路を断ちます。 例えば、趣味で小説を書くのですが作品を書くときは基本的に誘惑になるものを持っていない状況でやります。通勤中のように無駄なものを持っていなくて、やることがない時などが狙い目です。私は通勤中に小説を書くようにしてから能率が一気に上がりました。 そして、本来ならばご褒美を用意するのがいいです。ただ、私は自分で用意したご褒美に対しては「下心丸見えで気持ち悪い」と感じてしまうので、自分でご機嫌を取ることはしません。誰かに小説を読んでもらって褒めてもらうことが一番の楽しみです。 あなたは苦手なことにどうやって取り組んでいますか? 誘惑にやられてめげていませんか? 実際に退路を断ってみるとわかりますが、なかなかに辛いです。しかし、それを乗り越えた先に自分の望む世界が待っているので、ご褒美を用意しながら退路を断ってみませんか?
kyarikakuhamamatu
2025年11月13日


作業の内容を一言で説明すると?
結構ストレートな本音なんですけど、キャリカクの作業は「いかに退屈さを押し殺すか」がポイントになります。仕事に慣れていない人は仕事に精いっぱいなので大丈夫なんですけど、仕事に慣れてくるとデータ入力にせよ、DM送信にせよ、地道な反復動作になります。 基本的には提示された物に関する情報を調べて張り付けたり、指定されたサイトからお問い合わせページを探して提示されている情報を張り付けて送るだけなので、そこまで複雑なことをしているわけではありません。まぁ、インターネットで何かを検索すること自体が難しいって人には難しいのかもしれませんが、多少でもデジタルに慣れている人間なら簡単にできます。 問題は件数です。私のように手早い人間は早ければ1時間に50件もこなすことがあります。実力に合わせて速度は調整していいのですが、私は手加減が面倒くさいからと常に全力なので他人の二倍くらい働いていることもありますね。その中で一番苦しいのが「退屈さ」です。 あの、腹の底から湧き上がってくるような苦しさ。思わず「もうやめたい」と言葉にして吐き出してしまいたくなります。だけど、
kyarikakuhamamatu
2025年11月12日


朝の通所前の気持ちと帰りの気持ちの違い
私の通所に関する話をします。ちょっと、種子がずれていると感じるかもしれませんが最後まで読んでいただければ納得していただけるはずなので、最後まで読んでいただけると助かります。 私は通所のために交通機関を使っている時間が「趣味の時間」なんです。最寄りのバス停につくまで、と目標が明確に定まっていることで時間配分の感覚も掴めるし、やりたいことにも集中できます。思ったより、帰ってから時間が有り余っている時に趣味をやろうとしても上手くいかないことが多くて、凄く楽しみな時間なんです。 そして、作業所についてからも仕事が始まるまでは趣味の小説を書いていることが多いです。しかし、作業の時間になったら小説について考えるのをやめる。これをするようになってから気持ちの切り替えが少し上手になりました。まだ、他人から見たら下手な部類なのかもしれませんが、気持ちを切り替えることが少しだけできるようになったのは素直に進歩です。 そして、作業が始まったら作業に集中します。私の場合は、SMARTな目標設定とスモールステップという技術の応用で、最初に簡単なデザインの仕事を持って
kyarikakuhamamatu
2025年11月11日


キャリカクの人と話して元気が出たこと
キャリカクの人は基本的に福祉事業者なので話を受け入れてくれる姿勢があります。これがすごく助かるんです。 一般の人で「受け止めてから話す」ことが出来る人は多くありません。私だって完全にはできませんし、拒絶反応が出てしまったときは申し訳ないなと思います。 ですが、福祉に携わっている人は概ね「受け止めてから話す」姿勢が出来ているように思います。さすが、プロだなぁと感心しているところです。 どうしても精神症状は目に見えにくいので、判断に困るときもあるでしょう。ですが、実際に目の前で精神症状を出ている人を見ると苦しくなる時があります。それは私が同じように精神症状で悩む身だからでしょうか。……きっと違うと信じたいです。 もちろん、共感性がない人がいるのも事実ですが、この世の多くの人が分かり合えるのだと僕は信じています。もちろん、理解の深さには個人差が生まれるでしょうが、きっと誰かが自分を最奥まで理解してくれる、そう信じているからこそ生きてこられた部分もありますね。 そのような人たちにとって、最奥とまではいかなくても深いところまで理解を示してくれるキ
kyarikakuhamamatu
2025年11月10日


自分が好きな色とその理由
すごく仕事に無関係な話なんですけど、私、黄緑が好きなんですよ。黄緑の中でも少しくすんだ感じの黄緑とか、逆に蛍光色に近い黄緑が好きです。なので、仕事のデザインでも若干、黄緑を多く使う傾向にあります。 なんで黄緑なのかなぁって思ったこともあるんですよ。ただ、思い当たるのが人生で最初に小説を書いたノートの表紙が黄緑色だった事。それしか思い当たる節がないんです。 たまたま、その小説は友達と一緒に書いていたので、設定集を兼ねていたからものすごく大事にしていたんです。なので、いまだに黄緑色のノートには少し心が沸き立ちます。 それを思うと、本当に人間が何かを好きになるきっかけって小さいんですよね。別に黄緑色のノートを使っていたわけでもないので、偶然にも黄緑色のノートを大切にし始めたがために色の好みが決まったんでしょう。不思議なものです。 身の回りにある何気ないものが大事になるのって、本当に偶然です。だけど、その偶然が人生を変えることもあるから興味深いですね。
kyarikakuhamamatu
2025年11月7日


わたしの作業スピードが上がる工夫
やはりパソコン作業をするならばタイピング速度を上げるのが一番効率がいいです。タイピング速度が上がると思ったよりも思考力も上がります。高速で手を動かしながら考えるのって、脳の素養を高めてくれるのでおすすめですよ。 ただ、何気なく練習していても意味がありません。ブラインドタッチは必須でできるようになるといいです。何をもってブラインドタッチができるようになったと言えるかなんですが、私は「指を動かせばキーボードが思い出せる」まで染みつかせることをお勧めします。 どういうことかというと、真っ白な紙を一枚用意して手を置くんですね。 そして、そこから「A,B,C,D……」とアルファベットを唱えながら該当する指の位置にアルファベットを書いていくのです。 実は、私もパソコンのキーボードを暗唱できるわけではありません。ただ、紙を用意して手を動かし始めれば自然とアルファベットの位置が思い出せます。そのレベルまでは高めておいた方がブラインドタッチは安定するでしょう。 おまけですが、何もなしでタイピング練習をするのは味気ないので『 寿司打 』というサイトを紹介して
kyarikakuhamamatu
2025年11月6日


イラストやデザインで気をつけていること
デザインで意外に重要なのが余白です。余白を埋めるのは見た目がうるさくなることなので、いかにすっきりとした状態で情報を充実させるかが勝負になります。 また、画像を傾けて配置することもありますが、そのようなときには必ず傾けない画像を入れるようにしましょうと教わったことがあります。すべてが乱雑に傾いているとガサツな印象を持たせてしまうからだそうです。 でも、僕が意識しているのはその二点くらいで、あとは組み合わせる写真のチョイスや文字のフォントの面白さが勝負どころになっている気がします。なので、思ったより私のデザイン力は低いんじゃないでしょうか。 一応、職員の方からは褒められるといえど、一度はちゃんとしたデザインの勉強をしてみたいなと思う今日この頃です。
kyarikakuhamamatu
2025年11月5日


明日の自分にメッセージを書くとしたら?
未来への自分へ手紙を送るとしたら、あなたはどのようなことを書きますか? 未来で思い返してほしいことを書くのもよいでしょう。それこそ、今の新鮮な思いも何年かしたら色あせてしまう頃です。こんなにつらい思いをしていたんだよということを書き留めておけば、同じようなことを繰り返しているなと気づかされて未来が変わるかもしれません。 逆に未来へヤジを飛ばすのもいいでしょう。「どうせお前、恋人もできずにうじうじしてるんだろう?」とか発破をかけるようなことを書くのも楽しいですね。未来でその手紙を見たら、思わず苦笑してしまいそうです。それはそれで愉快な経験になるでしょう。 どんなことを書くにしても、物事は一瞬で変わってしまうのが肝要ですね。それこそ、今、恋人がいなくても一瞬の出会いで恋人が出来てしまうかもしれません。逆に、恋人がいても一瞬の行き違いで湧かれるかもしれません。案外、想像できる範囲に未来が収まっていることは少ないので、恋人なんてできないと思っていたらいつの間にか二股するようになっていたとか、そんな話も聞きます。逆に何人もの人と付き合っていたのに、結
kyarikakuhamamatu
2025年11月4日
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