昔の話と好きな話
- kyarikakuhamamatu
- 4 日前
- 読了時間: 3分
こんにちは!利用者Yです。
今日はインスタのいいねをつける仕事をしていたのですが、その際流れてき投稿に子供の運動会に行きました、という投稿が多く流れてきて、身近に子供がいない私は、そうかあ、子供は運動会の時期かあと、確かにそうだったなあと懐かしい気持ちになりました。
あの頃と今では、結構変わったなあと思います。
大きくなったし、普段やってる趣味も変わりました。昔は授業には向いていなかった有り余る集中力をゲームやテレビを見ることに発揮したり、デパートのケーキ屋さんで親に、ケーキのホールを食べたい!!!!買ってくれと泣きついたりしたのを覚えています。当然買ってはくれませんでしたが。
でも昔も今も好きなことをやるときには、夢中になってやるところとかは変わってないし、大人と子供の違いって、いろいろ経験して、賢い立ち回りを覚えてるぐらいで、中身は案外変わらないもんだなとも思います。
最近、気づかされた言葉があって、宇多田ヒカルさんが対談していた時に、自分が大事にしているものほど好きになるのは難しいと言っていて、それが自分の中にしっくりきたんです。
大事なものほどこだわりがあるし、理想もあって、でも現実はなかなかそうじゃないみたいな。
自分のこだわりがあるのが、なんだかなあと思っていた私ですが、でもよくよく考えてみたら、大事にしているものがあるから、昔はスポーツをもっと、もっと、と思って頑張ったり、勉強を頑張って志望校に受かったり、好きになったアーティストの話で盛り上がることができたり、嫌いなものがあるから人の気持ちがちょっと分かったり、失敗もたくさんしてきたから人に優しくなれたり、つらい時も確かにあるけど、でも、こだわれるって素晴らしいじゃないかとも思えてきました。
これは聞いた話ですが、運っていうのは、宝くじみたいにすぐに結果が出るものもありますが、それだけではなく、その人が頑張ったり、これ役に立つかわからないけど面白そうだからやってみようみたいな、知らず知らずのうちに積み重ねた、小さな頑張りの積み重ねの結果、知識や経験といった見えない貯金がたまり、進む道も、少しずついい方向に行って、いざ良い話が回ってきたときに、掴む準備ができている人たちが運がいい人なんだ、という話を聞いたことがあります。
この話が私は好きです。
大事にできる幸せを思い出させてくれる、いい話です。
私は否定癖があり、忘れてしまうことも多いですが、こういういい話を定期的に思い出して、自分の大事にしてきた小さな頑張りは何事も無駄ではないから、また少しずつ良くしていこうと気持ちを新たに、日々を過ごしていきたいと思います。
今日はここまで!最後までありがとうございました!!!
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