人それぞれ違うから、面白い
- kyarikakuhamamatu
- 7月22日
- 読了時間: 2分
更新日:7月23日
ちょっとこの文を見てほしい。
「山の上に木が生えている。」
この一文を読んだとき、あなたはどんな景色を思い浮かべただろうか。
私は、なだらかな丸い山の頂上に小さな草原が広がり、その真ん中に一本の木が立っている光景を想像した。山は黄緑色で、木には青々とした葉が茂っている。
しかし、誰もが同じ景色を思い浮かべるとは限らない。険しい岩山を想像する人もいるだろうし、雪に覆われた山を思い描く人もいるかもしれない。砂漠が身近な地域で育った人なら、草木のない茶色い山を想像することもあるだろう。

たった一文でも、人によって頭の中に広がる景色はこんなにも違う。文章には色も形も書かれていないからこそ、それぞれが自分の経験や記憶をもとに自由に補っているのである。
このように、同じ言葉に触れても、どう解釈するかは人それぞれだ。そこに絶対的な正解はない。
外国人と日本人では価値観が違う、と考える人は多い。しかし、実際にはそれほど大きなくくりで考える必要もない。性別や年齢、出身地、育った家庭、学校生活、趣味、これまで出会ってきた人々――そうした一つひとつの経験が積み重なり、その人だけの物の見方や考え方を形づくっている。
つまり、この世界には、自分とまったく同じ感性を持つ人はいない。
近年は「多様性」という言葉を耳にする機会が増えた。その一方で、自分とは異なる価値観を受け入れられず、SNSなどで相手を強く否定したり、攻撃的な言葉を向けたりする場面も少なくない。
もちろん、すべての考え方に賛成する必要はない。共感できない意見に出会うこともあるだろう。
それでも、「自分とは違う考え方をする人がいる」という事実を認めることはできるはずだ。
「そんな見方もあるんだ。」 「私はそうは思わないけれど、そう感じる人もいるんだね。」
そう受け止められるだけで、人との関わりは少しだけ豊かになる。
人それぞれ違うからこそ、世界は複雑で、時には難しい。しかし、その違いがあるからこそ、自分にはなかった考え方に出会え、新しい発見が生まれる。
人それぞれ違うから、面白い。
そんなふうに思える人でありたい。

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