「知らない」と言える勇気
- kyarikakuhamamatu
- 2025年12月25日
- 読了時間: 2分
古来から「無知の知」と言われてきたように「知らない」という言葉は心理にたどり着かせる何かを持っています。
何か過失があった時に、まず問われるのは「悪い事だと知っていたか」であるように、何かを知らなかった時点で偶然のような出来事も必然になってしまいます。知っていれば避けることが出来た失敗も、知らないこと一つで起きるのです。それはある意味の奇跡です。奇跡の末に大惨劇が待っているとしても、人間は本当の意味を悟るまで失敗するのでしょう。
かといって、すべてを知ることが出来るかというとそれも難しい。仮にすべての物事の理を脳に詰め込まれていたとしても、それを活用できるかは別の問題であり、正しい答えを導き出すための瞬発力も含めすべてが磨かれていなければミスは避けられません。
その意味では、失敗したときに何が分かっていなかったのか、何が足りなかったのかを反省することはとても大事です。反復練習をして答えを引き出すまでの時間を短くするのか、違う答えを見出すのか。それらを考える時に大事な言葉もまた「知らない」です。あえて無知を宣言することで可能性を見出す。そんな複雑なことが出来る人間って怖いですね。
分かっていたのにできなかった、だと何度も反芻してしまいます。しかし、「知らなかった」場合は「知る」ことで反芻する回数を減らすことが出来ます。その意味で「知らない」を宣言する勇気は大事です。
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