「同じ」アジア
- kyarikakuhamamatu
- 5月11日
- 読了時間: 2分

21歳の頃、大学を辞めて時間を持て余していた私は、タイ語を勉強していた。
タイ語は数字など一部に中国語由来の語もあるものの、文字も発音も日本語とは似ても似つかず、覚えるのはなかなか骨が折れた。
人生で初めてタイに行ったのもそのころだ。
ドーンムアン空港から市街地へ向かうと、絢爛豪華な王宮や金ぴかの仏像、寺院が次々と目に飛び込んできて、ここはまさに異世界だと感じた。
街の景色や通り沿いの建物は、同じアジアとはいえ日本とはまったく違う印象で、海外旅行に来た醍醐味を存分に味わえた。
その一方で、食堂のテーブルをゴキブリがササッと走り抜けていったり、タクシーの運転手に怒鳴られたりと、思わぬ苦労(?)もあった。
食べ物も日本とは違い、辛い・酸っぱい・甘いと味がはっきりしていて、私の脆弱な胃腸では受け止めきれず(苦笑)、日本食が恋しくなる場面もあった。
そんな中、二日目に訪れたバンコクのチャイナタウン・ヤーオラート通りで晩ご飯に中華料理を食べたのだが、ここでの体験は生涯忘れない。
異国情緒を求めて海外に来たのに、水が合わず結局中華を食べて「おいしい」と思ってしまうという皮肉。
「違う」アジアの中で「同じ」アジアを感じ、しかもその「同じ」は日本ですらない――そんな不思議な体験だった。

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